毎年この時期、元町駅近くの兵庫県学校厚生会館で開催される絵画展に行くことが恒例になっている。
中2の時の担任が出展しているからですが、いつものように暫し立ち話をして帰ります。
数年前、元中学教師をされていた方を介して引き合わせていただいたのですが、その方、学校併合でいまは長田中学と名前が変わった大橋中学で教鞭をとっておられて、筆者が卒業した年に赴任されたそうです。
共通の知人のことを話していると初対面とは思えない。旧知の間柄のように、50年も前の学校のことや当時の先生方の消息まで会話が弾む。
「日下先生ならちょうど今、元町で絵画展やってるよ!」と教えてくれた。
次の日、50年ぶりの感動的ご対面を果たすべく絵画展に行くことにしました。しかし、筆者、特に目立つ生徒ではなかったので覚えていてくれるだろうか心配である。
中学の卒業アルバムを持参することにした。
アルバムを手に取って懐かしそうにページを繰っていく、セピア色の集合写真に「あ~・あ~」と思いだしていただけたようだ。教師2年目で初めての担任だった。
クラブ活動の写真のところでは、今も交流が続いているというバレー部の顧問を見つけて、バレー部だったな!
「辻先生、この頃ちょっと体調がすぐれないらしい」。バレー部の顧問で体育の先生である。スポーツ万能でよくしごかれたものだがお体が心配である。お会いしてみたいが、昔の先生の思い出を胸に刻んでおこう。
放課後よく運動場の隅っこでゴルフの練習をされていたことを思い出す。当時ゴルフは金持ちの道楽といわれていてほんの一部の人しかしてなかった。 というか、「ゾウの耳かきみたいなもん振り回してドコがおもろいんや!」と揶揄されていた。
そんな頃、辻先生はゴムひもがついたプラスチック製のボールを ゾウの耳かき?で打つのであるが、珍しさもあって、みんなが取り囲む。初めて見るゴルフでした。先生がカラ振りをするとみんながゲラゲラ笑う。
「やってみるか!」グリップの握り方を教えてもらって生徒たちは順番に力いっぱい振ってみるが、カラ振りか、地面をたたくかで誰一人ボールに当たらない。
そら見ろ!と言わんばかりに得意そうに見ていた先生の笑顔を今も忘れない。
思い出しついでに、次回はバレー部のことや、昭和30年代のもろもろを書いてみたいと思います。
はち乃めだか